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Sunday, June 14, 2009

Mr.Noah_Japan


One of the respected and greatest professional wrestler in Japan.
Mitsuharu Misawa RIP.
日本プロレス界の巨星がまた堕ちた。
元2代目タイガーマスク。
強く厳しく優しく筋の通った男。
今の日本の若者が学ばなければならない所を沢山持ったまさしく現代のヒーロー。
また僕らは学ぶべき人を一人失った。
安らかに眠って下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/三沢光晴
http://en.wikipedia.org/wiki/Mitsuharu_Misawa

Wednesday, June 10, 2009

1/1 Gundam stands on the ground_Japan

I am looking for ticket to Japan to see this with my own eyes!!!

Sunday, May 24, 2009

1日を始める前に。

ほめられサロン
http://kakula.jp/homeSalon/

これで今日もがんばれる。

Monday, May 4, 2009

King of Rock in Japan




また一人、かっこ良くて、行儀良くない大人が居なくなった。
残念でならない。
R.I.P.KIYOSHIRO IMAWANO 2009
He will be missed.


Monday, April 13, 2009

1年目の手紙。をやってみた。

本当に言われてそうでびっくりする。

皆さんもどうぞ。。。


http://tegami.hanihoh.com/

とっくんさんの恋人からお手紙が届きました。

今日で付き合ってから1年が経ったんだよね。って、とっくんのことだから言われなくても分かっているとは思うけど。
節目だし、たまにはちゃんと自分の気持ちを伝えようかなと思って、手紙を書くことにしました。

そういえば、この前とっくんが髪の毛洗ったらごっそり抜けてたよね。っていちいち記念日にそんなこと書かなくていいか(笑)。
うーん、何から書こうかな。

この前、喧嘩したばかりだよね。とっくんの元カノのことで。
「隠 し事はやめよう」「元カノや元カレと会ってもいいけど、ちゃんとそのことを言ってからにしよう」とか最初に決め事をつくったのに、とっくんっていちいち 「今日は友達と遊ぶ」とか嘘ついて元カノと会うんだもの。そんなの何かやましいことでもあるのかとか不安に思うよ、誰でもさ。

とっくんってさ、いつも明るくてうるさくて、そういうところに救われてる部分もあるけど、不機嫌になると黙るし手をつけられないよね。最近は、不機嫌なとっくんしか引き出せていない気がする。私のせいでもあると思うんだけど。
もしかしたら、結局のところ、とっくんは飽きたのかなって思う。元カノともそうやって別れたんだよね?いろいろと別れた原因とかを説明してくれたけど、きっと「飽きた」のが本当なんだろうなって思った。

私はもっと大切にされたいんだ。一年前のように。あのころはとっくんとお互いに気持ちを伝え合えてたと思うけど、今はよく分からない。とっくんは別れたいのかなとも思う。それは今とても不安なことなんだ。

あー、なんかとっくんのこと考えると、すぐ悪い方向にいっちゃう。もっと前向きな話題にするね。

これでも私はとっくんに感謝してるんだ。わりと目立たないような私にとっては、とっくんの明るさが、羨ましくもあり憧れでもあった。そういうところに惹かれたんだよね、私は。
まぁ、初対面から下ネタ連発なところには正直少し引いてたけど…。下半身の毛を抜いてプレゼントしてくるところとか…(苦笑)。

とっくんが言ってくれた「いい女はたくさんいるけど、いい男はおれぐらいしかいない」ってセリフを今も信じているから、私はこれからもとっくんと一緒に歩んでいきます。とっくんの自信があのときのままだといいな。

これからも決して平坦ではないと思うけど、この一年間のように、お互いを信じて乗り越えていこうね。それと、いちいちウコンって文字を見るたびに「びびったー」って言うのやめてね(苦笑)。

ではでは、これからも末永くよろしくお願いします。とっくんがいてくれてよかった。ありがとう。

P.S.とっくんの家にあった「女のからだ」っていう図鑑は何なの?

Friday, February 13, 2009

なまえ




困った事に僕は3つの名前を使い分けて生きている。

なぜこうなったのか分からないが3つある。

一つはずっと自分の名前と思って使ってた名前。

学校でも名札でもどこでもこの名前を使っていた。今でも自分の名前はこれだと思っている。兄弟、父親はもちろん僕を知るほとんどの人はこの名前であると思っていた。

一つは二十歳前後で発覚した戸籍上の名前。

オフィシャルな書類、パスポート等は全てこの名前でないと行けない。。。渡米当初行った語学学校でもクラスメイトにもこの見覚えのない名前で呼ばれて反応できなかった事が多々ある。

一つは仕事上の英字表示の名前。
ま、アメリカにいるので当たり前と言ったら当たり前だが何だか英語で書くと他人のような気がする。

っで、それぞれの名前で<自分の説明書メーカー http://setumeisho.com/>をやってみた。

ま、あってるような気もする。。。<毒舌とか嘘八百とか現実逃避中とか。>とにかく名前とは不思議で其の名前の時は其の名前の自分を演じているような気がする。僕もそれぞれの名前の時は人格性格が少し違うような気もする。

稀に人が改名する事をよく聞くが僕は今度時間のあるときに自分の名前だと思っていて自分の名前ではなかった名前を取り戻そうと思っている。<パスポートとか面倒だけど>

これは果たして改名と言うのかどうか。 

Friday, January 16, 2009

GUNDAM Lunch Box...  

















amazing.....

http://blogs.yahoo.co.jp/ymisako0405/34659477.html

Monday, December 15, 2008

Thursday, December 4, 2008

多事争論

最近引っ越しでアホのようにバタバタしておりました。

しかし、この世はこの数ヶ月色々あるようで、人々は大変そうだ。

ファイナンシャルクライシス_

アメリカの経済が破綻寸前<実は余裕で破綻している。>のお陰でくらい話ばかり聞く。僕の生命線$、ユーロが落ち、そのくせ¥がアホほど高くなった。ハッキリいって死にそうである。

オバマさん_

黒人で初めてアメリカの大統領に選出され、決まった夜はNY中大騒ぎであった。ウチの近所も沢山の人が外に飛び出し奇声を発していた。僕はその瞬間家でウルルン滞在記を見てウルルンとしていた。

小室哲哉逮捕_

アシスタント時代にお会いした事が有る。ハッキリいってとてもいい人だった。其の時のトップに君臨しているのに腰が低くもの静か。立派な人だな? と思ったもんだ。人生は色々有るんだな。と思った。

羽賀研二無罪_

誠意大将軍。

筑紫哲也死去_

金さん銀さんが亡くなった時くらいショックだった。おじいちゃん、おばあちゃんフェチの僕はあの白髪の生粋ジャーナリストを本当に尊敬していた。もうあんな人は出ないだろうな。。。

元厚生次官宅連続襲撃事件_

理由はどうあれ必殺仕事人現代版のような事件だけど、やっぱり人を殺めたらいけない。。。

http://zakzak.co.jp/gei/200812/g2008120408.html

究極のコラボ。こういう店には全く行かない僕だがここは現代の桃源郷になるのだろうか? 興味津々である。

Sunday, July 27, 2008

クルミ

僕の生家の近くに<山崎パン>クルミ。という、お菓子屋さん/パン屋さんがあった。そこのおっちゃん、おばちゃんは本当に小さい時から知っており、実際、親戚以上に近い関係だったように思う。

子供の頃、100円握ってお菓子をかったり、少年ジャンプが土曜日に買えたり、親のお使いでパンやフルーツオレを買いに行ったりとほぼ毎日行く場 所でもあった。そして、5、6歳の僕が、<おばちゃん。これツケといて。>の一言でお金を払わず色んな物を購入できる世にも珍しい特殊な場所だった。 <と、最近まで本当に思っていた。>

今思うと恐ろしい5歳児だったと思う。しかし、この辺に生まれた地域の子供はみなこんなカンジであった。現在の僕がこのようにツケで色んな事をまかりとうしていたら今頃コンクリ詰めで大阪湾かイーストリバーに沈んでいてもおかしくはない。

NYに渡る前はもう既に少し離れていた場所に住んでいた為、以前のように頻繁にいく用事もなかった。ま、ある程度の年代になると昔のようにお菓子 屋さんに行く事等なくなるのだが、フラフラとプータローの代名詞のような生活をしていた僕は、おばあちゃんの家がまだその近所にある為、よく平日の真っ昼 間に祖母に顔を見せに行ったついでに、<クルミ>であまり食べる訳でもないお菓子を買いに行き、おっちゃん、おばちゃんとぐだぐだとよく話したもんだ。

生家の地域は本当に小さい工場街でこのクルミのおっちゃんおばちゃんも店番中、常に内職をしていた。そしてNYに渡る直前訪れた時におっちゃんが 内職しながら、<おい、ムネ、ちょっと座って話して行け。>というので、少し内職を手伝いながら話した。いつもよりも元気のないカンジでおっちゃんは僕に 唐突に言った。<お前は新人類や。>と。そして、<わしらはもう枯れてなくなるだけの年寄りやからエエけど、お前はこの新しい時代を頑張って生かんとあか んぞ。>と。僕は其の時、<おっちゃん。なにゆってんの。訳分からんわ〜。>等と言ったもんだ。

その後、NYから一時帰国した時には<クルミ>にはシャッターが下りており、もう営業してなかった。それだけではなく、帰国するたびに地域の商店街の店が無くなって行き、もう昔のような活気のある商店街の面影すら無くなっている。

あの時以来おっちゃんには会っていない。おばちゃんは数年前に亡くなったと聞いた。でも、最近ふとあの時のおっちゃんの言葉を思い出す。僕のココ ロのどこかでいつか生まれた地元で暮したい。と思う気持ちもあるのだが、きっとあの頃の面影を今でも思い出しながら思う気持ちであって、今はあの頃とはち がうのだろうな?と理解するときもある。

哀しい事だが、これが時代の流れなんだな?とふと思う。が、帰国中、オカンが僕に<ムネ。山崎の超芳醇買って来て!>と、買い物を頼まれる時、い つも、バイクで15分かけてクルミに行きそうになる。其の時に昔の光景を思い浮かべながら大型店舗で<山崎パン超芳醇>を買う。変わらない事は、我が家は 今でも山崎パンだ。

Thursday, July 10, 2008

デジカメ



先日、アメリカから貰って使い道に困ってた中途半端な額の小切手でデジカメを購入しました。思えばドイツにいる時に買ったばかりのデジカメを湖のどこかに置き忘れ探しながら湖の精霊が現れ、<貴方の落としたデジカメはこの数百万するデジカメですか?それともこっちの数十万するデジカメですか?>っと聞いてくれるのを密かに期待して湖畔で数十分粘った。もちろん、現れる事もなく、見つかる事もなく、近くの交番でも無視され買ったばかりのデジカメを諦めた経緯がある。ヨーロッパのエージェントにカメラを無くすカメラマンほど馬鹿な生き物はない。っと一刀両断された物だ。

かといっても、僕はカメラを普段持ち歩くタイプでもない。持ち歩いた所で使わない。しかし、ブログを始めた事もあって何気ない物でも撮るようになるのではないかと思い、また購入したのである。僕は理由がないと何も行動出来ない人間なのだ。

そして届いたカメラに電源を入れ、液晶を除いてみると上の半分が真っ黒。レンズを見てみるとレンズカバーの半分が開いてない。。。初期不良というヤツか。。。しかし、日本で購入した物を送ってもらったので、NYで無償修理はしてもらえないであろう。。。どうしようかと、悩み苦しみながらがちゃがちゃ弄くっていたらいきなり開きやがり、その後は何事もなかったような顔で作動しやがります。いま、日本に送り返そうか、其のまま使おうかまた頭を抱えております。

Monday, July 7, 2008

Independence Day


昔、INDEPENDENCE DAY というアメリカの映画が有った。宇宙人が地球に突如攻めてくるパニックムービーである。宇宙人が本当にいて、僕ら人類と同じ容姿をしていたら、これほど失礼な話は無いのであろうか?と思えるような映画だった。

週末のNYはそのIndependence day,独立記念日で大騒ぎであった。天気が良い訳でもなかったが近所のいたる家からBBQの香りとジャンジャカと騒がしい音楽が流れて来ていた。そして宇宙人はやっぱり攻めてこなかった。

この日、NYの数カ所から花火が上がる。それを見物する為にNY中の人々が民族大移動のように動き出す。僕はと言うと、幸運にも花火の上がるイーストリバー沿いのここらでは一番背の高い建物に住んでいるため屋上に上がると全てを見渡す事ができた。隣のビルの屋上ではDJが爆音で音楽を流しとんでもない数の人達が踊り狂っていた。小雨がぱらつき、開始も少し遅れたが、大変綺麗な花火だった。しかし、それと同時に日本の花火は本当に凄いと思った。日本の花火大会を最近見ていないが、僕の記憶ではこんなもんじゃなかった。来年こそは日本で花火を見たい物である。

いつも気になるが何故人は何かを賞賛したりするときヒュー!やらフー!やら言うのか?これは万国共通の言語であると共にに全ての人間のシステムに組み込まれた喜びや気分高揚を表すの行為なのか?もちろん僕もアメリカ人に紛れてヒュー!やらフー!やら奇声を発してみた。少し皆とはタイミングがずれていたが。。。。


Thursday, July 3, 2008

お小遣い

アメリカで去年確定申告した人には<年末調整とは別に>今年最高で$600の小切手が政府から送られてくる。何故かとか難しい事は分からないが、とにかくくれると言うなら戴こう。と言うカンジでずっと毎日、楽しみに郵便受けを空けて待っていた。

やれ、そこら中から一月前に届いただの、先週届いただの、聞いていたが僕の郵便受けにはいっこうに入ってこない。アメリカの郵便局はいい加減なので半分諦めていたら昨日、郵便受けに届いていたのである!!!ま、最高額ではないが、とにかく降って湧いたお金であるのでとても嬉しい。。。

しかし何に使おうにも、特にこの値段で買える範囲で欲しい物はない。貯金するにも中途半端な額。其の小切手の前で瞑想にふける夏の午後です。。。

あ!少し前あるアメリカの雑誌で犬を撮りました。この時のこのお犬様のギャラは僕よりも高く、其の値段に見合うかのごとく難しいじゃじゃ馬なモデルでした。いつかは犬よりは高いギャラになってやるぞ!っと犬にbeautiful!!! beautiful!!!と叫び続けた僕がいました。

でも、単純にこんな撮影が一番楽しいと思える自分でもあります。。。。

Tuesday, June 24, 2008

夕立。

 午前中は撮影。LISAというSupremeの新人さん。急に撮ってくれと頼まれたのだけれども、ヨーロッパの仕事が飛んで荒れてたので、気晴らしに撮ってあげた。

 ノルウェー出身の17歳。とても頭のいい子で、色々将来の事も考えつつモデルをやっているというお利口さんであった。僕が17歳の頃は1999年に地球が無くなる予定だったので、それ以降については一切考えていなかったように思う。其の頃色々考えてたらNYなんざに来てフォトグラファーなんて事はやってなかったと思うが、其の頃、将来の事を考えた所で僕は僕なので結局の所結果は知れている。

 午後はスタイリストの人が僕ごときにBOOKを見て欲しいと言ってくれたので、僕のスタジオの近くのカフェで有り難く拝見させて頂いた。僕がNYに渡ってもうどれくらいか記憶は定かではないが、色々な新しい人がNYにまた渡って来てるのだな?と少し、新鮮な気持ちになった。

 其の前後、アホみたいに晴れてた天気が僕が外に出た瞬間大嵐のようになりやがった。なのにカフェに着いたとたん、またアホみたいに晴れやがり、オテントさんは僕の事が嫌いなのかな?なんて少し思ったがどうでもよかった。

 その後、チャリでマンハッタンに渡りモデル事務所に行きまたチャリでブルックリンに戻った。最近はチャリでうろうろしても足が筋肉痛になる事が少なくなったように思う。少し鍛えられて来てるのか。。。うれしい。
 

Thursday, June 19, 2008

物価上昇

早朝からヨーロッパのエージェントからの連絡で2つの大きなキャンペーンの仕事が飛んだ事を知り、いじける。

その後午前中は撮影。

モデルはウクライナ出身の20歳。Valeriya。

彼女もなかなか良い子で写真を大変喜んでいた。

最近、性格のいいモデルが良く当たりとても気持ち良く撮影出来る。

良い事だ。しかし僕にはナイスな彼女も事務所のマネージャーにブルックリンのアパートに忘れたウィッグを取りにパシラせる中々のタマだった。内弁慶というヤツか。


終了後、軽く友人のメイクのツヨシ君と御茶。

その後、友人のゲームデザイナーのIANと自転車でウイリアムズバーグブリッジを渡り、NYの事務所に寄った後、日系スーパーマーケットで米を買う。以前は$15そこそこで買えてた米が$21位しまくりやがり軽く目眩がしたが、これも近年のオイルの値段の上昇のせいか。。。定員さんに聞こえないように少し舌打ちし、買わないでも良いビールを大量に買ってしまった。その後、自転車で橋を戻った。米とビールのお陰で僕のリュックサックは鬼のように重く、自転車を鼻水たらしながら必死のパッチでこいでる時に、ドラゴンボールの亀仙流の修行を思い出し少し懐かしい気分になった。

どうでも良いが、ベロにできた口内炎がマシになったと思ったら、下唇にまたデキモノができさらし、食事する時にもの凄く痛くて哭きそうだ。

Wednesday, June 18, 2008

先輩。後輩。

 後輩で将棋友達のNY修行中、小西君が家に遊びに来た。彼には最近、負けっぱなしで終いには、トクさん。次は飛車角抜きでも良いですよ?なんて、言われる始末。。。いつか哭かしてやる。と心に誓った瞬間であった。

 先輩で現在日本で活躍中の写真家TOMMY氏撮影の妄撮という写真集が発売され、数日で爆発的な売れ行きで楽天の何かのランキングで1位になったというニュースを普通にスポーツ新聞のwebを見ていた時に知った。本当に一時期苦楽をを共にした彼がの成功が自分の事のように嬉しかった。

 写真がつないでくれた友人達の活躍を聞くと自分のココロも引き締まる思いである。TOMMYさん!おめでとう!!!小西くん。次は絶対ぶっ倒す!

 最近、日焼けの後で体中の皮が捲れだして来て風呂上がりはいつも垢すり後のようになっており、少し気持ち悪い感じになっている。

Tuesday, June 17, 2008

16歳





make up artist のミズノユウコさん<D-CORD_JAPAN&AER_USA>と撮影.
静かな話口と外見とは裏腹に、とてもパワフルで良いエネルギーをもった彼女はとても大好きな才能あふれるmake up artist である。
model はsigita. Ford の新人さん16歳。この年にして一人で世界中を飛び回る彼女に僕がもし16歳でNYなんかに来てたら毎日哭いてたよ。と力説してしまった。彼女もとても美しく16歳らしくかわいい普通の女の子である。

とにかく、ベロに口内炎ができていたいです。


Sunday, June 15, 2008

親子の会話

最初の更新でいきなり写真とは全く関係ないのですが、今日<アメリカ時間>は父の日という事もあり、久しぶりに大阪の両親に電話をした。ま、僕には2人の父がおり、僕にとって二人とも心から尊敬し愛すべき父である。

一人目、電話越しに父が出た。第一声は<どうした?何の用や?>と。。。。いや僕は父の日コールやと伝えると、それはそれは喜び、今日はウチの姉に釣りに連れて行ってもらっただの、誕生日は連絡無くていじけただのを聞き、とにかく喜んでくれてよかった。すると頼んでないのに隣のオカンが電話で、いきなりこう言った。<おい。お前は相変わらずニートか?>と。。。ま、間違いではないので、<めちゃくちゃそう。>と答えた。後は、相変わらずマシンガントークで父よりも10倍は話した。父の日なのに何の日か分からない父の日コールになった。


2人目、アメリカ時間の午前中に電話をかけたのだが、やはり既に日本は夜、電話に出たオトンはいきなり無言。。。多分、電話に出たが其の状態で寝ていたのであろう。。。なので僕は<もしもし!!!>と大声でいった。すると、オトンから出た第一声は<お前誰や?>と。。。。。。我が子に向かって。。。誰やとは。。。。とにかく、僕である事を伝えると、<おう。何の用や?>と。。。父の日コールや。と伝えたらやはり喜び、やれ、子供の時に住んでた熊本に40年以上ぶりに訪ねた事なとをたらたら話してくれた。最後に<ちゃんとアメリカで勉強してるのか?>など、30になった息子に相変わらず言ってくる。ま、親から見れば子供は幾つに成っても子供なんだろう。

アメリカに渡り、自分でも想像した以上に長居してしまい、親孝行らしい親孝行があまり出来ない事をタマに悩んだりもするがこういう電話一つでこれほど喜んでくれるなら、お易い御用である。それに、今日電話越しに気づいたが、昔は幼稚園や学校であった事を一生懸命親に伝えたりした物だが、今は親が自分にあれをした、これをした。と伝えてくれる。いつの間にか聞く側にまわった事を不思議に思う。それに親の声や話し方が僕の祖父や祖母に似て来た。

たまの意味の無い電話も親にとっては親孝行と思ってくれるのかな?と少し思った。







start.

 初めまして、munetaka tokuyamaと申します。何故か分からないうちにNYでフォトグラファーとして活動しております。特にblogの宣伝もしておりませんので、日々の事と活動内容を織り交ぜつつ、自分自身の日記代わりに適当にやって行こうと思います。

 でも、フォトグラファーのくせに先日、仕事で行ったドイツの湖で買ったばかりのデジカメを落としてしまい、写真を当分載せる事が出来ません。なので、無視して下さい。

 一応、たまには英語で書こうとおもいますが、やはりこれだけ住んでも書く方は苦手なので全く内容が違う場合があります。なので、無視して下さい。

 とにかく僕の日々の垂れ流しのようなblogをみて、興味もたれた方も、そうでない方も是非コメント等のこして頂ければ嬉しいです。

 

 でわ。